家計簿3日坊主に告ぐ。あんたは正常だ

家計管理

深夜2時。

海老名パーキングエリア。

缶コーヒーを買って運転席に戻ったら、ダッシュボードの上にメモが1枚あった。

1週間前、「今度こそ家計簿をつける」と決意した夜に書いたやつ。

1日目。「食費 1,280円」「コンビニ 430円」。

ていねいな字。

2日目。「昼 たぶん800くらい」。

字が雑になっている。

3日目以降、白紙。

裏を見たら「たまご 特売 128円」と書いてあった。

家計簿じゃない。

買い物メモになっている。

しかもそのたまご、買い忘れた。

俺はFP2級とAFPを持っている。

トラックを走らせながら、耳で教科書を聴いて受かった。

ライフプランニング、リスク管理、金融資産運用、タックスプランニング、不動産、相続・事業承継。

6科目、全部やった。

でも家計簿は続かない。

3日が限界。

知識と行動のあいだには、東名高速くらいの距離がある。

あんたもそうだろう。

「家計簿つけなきゃ」って思ってる。

でもレシートは財布の底で化石になっていて、アプリは通知をオフにした。

安心してくれ。

今日この記事を読んでも、あんたの家計管理能力は1ミリも上がらない。

でも、あの3日目の白紙を見つめたときの罪悪感だけは、きれいに消える。

缶コーヒー1本ぶんだけ、付き合ってくれ。

この記事を書いた人:ポウさん

中卒、トラック歴20数年。夜道のヒマつぶしにFPの教科書を耳で聴いていたら、なぜか2級に受かった。家計の正論はだいたい知っている。実行する体力がないだけだ。

くわしいプロフィール


家計簿が続かないのは性格じゃなくて人類の仕様

FPが言う「まず家計の現状把握」という暴力

FPの教科書にはこう書いてある。

「家計管理の第一歩は、収支の現状把握です。」

現状把握。

言葉にすると上品だけど、要するに「おまえの金の使い方を全部見せろ」ということ。

健康診断で医者に腹を見せるのと同じ緊張感がある。

しかも医者は年1回で済むが、家計簿は毎日やれと言ってくる。

初日は気合が入る。

レシートを1枚ずつ広げて、1円単位で打ち込む。

コンビニ 430円。ガソリン 6,820円。子どもの水筒のパッキン 298円。

きちょうめんな字で、ていねいに。

2日目。

昼めし、レシートもらい忘れた。

「たぶん780円くらい」と書く。

「くらい」が入った時点で、もう家計簿じゃない。

日記。

3日目。

アプリを開く気力がない。

夜、布団の中で「明日まとめてつけよう」と思う。

「明日まとめて」は「二度とやらない」の丁寧語。

4日目。

アプリから「今日の支出を記録しませんか?」と通知が来る。

通知をオフにする。

これが全国で毎月、何万回とくり返されている。

俺たちは悪くない。

人類の仕様。


3日で白紙になる現象に正式名称を与える

この現象に、名前をつけてやりたい。

「家計簿キャンセル・スキル」。

なんでスキルかって?

FPの教科書には「サンクコスト」という概念がある。

すでに支払った回収不能なコストに引きずられて、損な行動を続けてしまうこと。

たとえば、つまらない映画を「もったいないから」と最後まで観る。

食べ放題で元を取ろうとして胃を壊す。

合わない仕事を「せっかく入ったから」と5年続ける。

これ、全部サンクコストの罠。

つまり。

3日間つけた家計簿に未練を感じて、4日目も5日目もだらだら続ける。

中途半端な記録がたまって、見返す気にもならないノートができあがる。

これこそがサンクコストの罠そのもの。

3日でスパッとやめられるあんたは、罠にかからなかった。

損切りが早い。

トラックでいえば、渋滞の気配を感じた瞬間に下道へ降りられるドライバー。

ベテランにしかできない判断。

家計簿が3日で白紙になったあんた。

あんたは怠け者じゃない。

サンクコストに囚われない、きわめて合理的な経済人。

FPの教科書が正しいなら、そういうことになる。


レシートが財布の底で化石になる家計簿の末路

可視化の先に見えたのは虚無だった

世の中の意識高いFPはこう言う。

「支出を可視化しましょう。見える化すれば、無駄遣いのパターンが見えてきます。」

見える化。

いい言葉だ。希望がある。

なんか見えたら、なんか変わりそうな気がする。

ダイエット始める前夜の「明日からの自分」くらい、希望がある。

で、俺の知り合いに1人だけいた。

家計簿を1ヶ月間、1円も逃さず記録しきった猛者が。

子ども2人、嫁パート、本人トラック乗り。

1ヶ月分の支出をExcelに全部入れた。

結果。

家賃、光熱費、通信費、保険料、車のローン、保育料、食費、子どもの習い事。

ここまでで支出の97%。

残りの3%。

これが彼のすべての娯楽。

缶コーヒーと、月1回のラーメンと、YouTubeプレミアム。

可視化した結果、見えたもの。

「削れる場所がない」という事実だけ。

地図アプリに目的地を入れて、「ルートがありません」と出たときの気持ち。

あれに近い。

見える化したら、見えたのは壁だった。


記録しなくても金は減る。これを悟りと呼ぶ

FPの教科書には「支出を固定費と変動費に分類しましょう」と書いてある。

固定費は毎月変わらない支出。家賃、保険料、ローン。

変動費は月によって変わる支出。食費、日用品、交際費。

で、さっきの話。

支出の97%が動かない。

家賃は動かない。保険も動かない。保育料も動かない。

変動費がほぼ存在しない。

変動しないなら、記録する意味ってなんだ。

長距離トラックの燃費を、1キロごとに測るやつはいない。

だいたいリッター3キロくらい。それを知ってるから走れる。

毎回測ったところで、3.1になったり2.9になったりするだけ。

誤差に一喜一憂するのは、暇な人間の趣味。

家計も同じ。

だいたいギリギリ。

ここ3年、ずっとギリギリで回ってる。

ギリギリでいつも生きていたいから~。

KAT-TUNファンに怒られろ。

レシートを集めて、アプリに打ち込んで、円グラフにしたところで、赤い丸が出るだけ。

知ってた。

「いつもギリギリ」。

これはもう、把握できてるだろう。

精度は低いが、方向性は合ってる。

天気予報が「くもり時々雨」と言って結局ずっと雨だったとしても、傘を持っていった判断は正しい。

精度じゃない。方向性。

財布の中のレシートは化石になっている。

でもあの化石は、かつてあんたが「記録しよう」と思った志の痕跡でもある。

思っただけで偉い。

やらなかっただけ。

思ったけどやらなかった。

それは怠惰じゃない。

支出の97%が固定費だと、身体が先に気づいていたんだ。


家計簿アプリに「記録しませんか?」と聞かれる恐怖

通知オフは現代人の正当防衛

「手書きが続かないなら、アプリを使いましょう。銀行口座やクレジットカードと自動連携すれば、入力の手間ゼロで家計が見える化できます。」

FPはそう言う。

たしかにそうだ。

テクノロジーの力。

自分で書かなくていい。勝手に記録してくれる。

で、入れてみた。

銀行口座を連携した。クレジットカードも連携した。

初日、「おお、すげえ」と思った。

自動で仕分けされてる。

文明。

人類の進歩を実感した。

翌朝。

通知が来た。

「今月の支出が前月を超えました。」

まだ15日。

知りたくなかった。

あの通知は、深夜3時の高速で「この先 事故渋滞 120分」の電光掲示板を見たときと同じ衝撃。

もう引き返せない場所で、見たくない現実を突きつけてくる。

しかも高速は降りられるが、人生は降りられない。

さらに翌週。

「コンビニでの支出が前月比130%です。」

おまえに言われたくない。

俺は深夜にトラックを走らせてるんだ。

コンビニは休憩所であり、食堂であり、居間。

130%じゃない。

生活費。

通知をオフにした。

これは逃避じゃない。

正当防衛。


アプリに家計を握られる覚悟があるか

FPの世界には「リスク許容度」という考え方がある。

投資でどれくらいの損失まで耐えられるか、という心のキャパシティのこと。

リスク許容度が高い人は株式多め。低い人は債券多め。

無理をしない範囲で運用しましょう、と教科書には書いてある。

これ、家計簿にもそのまま使える。

リスク許容度。

つまり、「どこまでの現実を直視できるか」。

あんた、毎日リアルタイムで残高を見る覚悟あるか。

月の半ばで「支出が予算を超えました」と言われて、平静でいられるか。

無理だろう。

俺も無理。

リスク許容度が低い人間に、毎日リアルタイムで残高を叩きつけるのは、居眠りしかけてるドライバーの耳元でクラクションを鳴らし続けるようなもの。

目は覚める。

でも、ハンドルがブレる。

逆に危ない。

リスク許容度が低いなら、低いなりの運用がある。

月に1回。給料日だけ口座を見る。

残ってたら「よし」。

残ってなかったら「知ってた」。

これでいい。

安全運転。

前方確認は大事だが、確認しすぎて目が乾いたら意味がない。

家計簿アプリは優秀。それは認める。

でも優秀な部下が毎日「報告です」と来るたびに胃が痛くなるなら、週報にしていい。

月報でもいい。

年報でもまあ、生きてるなら、いい。


家計簿を続けなくても家計は続く。これが結論でいい

先取り貯蓄という名の「考えない技術」

家計簿が続かない人間への最終兵器として、FPが持ち出すカードがある。

「先取り貯蓄」。

給料が入ったら、先に一定額を貯蓄用の口座に移す。

残ったぶんで生活する。

記録しなくても自動で貯まる。

理屈は完璧。

教科書の中では。

で、やってみた。

毎月2万円を、給料日の翌日に自動で別口座に移す設定にした。

初月。「おお、俺もついに貯蓄する側の人間か」と思った。

財布のひもを握る側に回った気分。

月末。

足りない。

食費が尽きた。23日。あと1週間ある。

しかたないから貯蓄口座から2万円を引き出した。

プラマイゼロ。

いや、ゼロじゃない。

コンビニATMの手数料220円。

引き出すためにコンビニまで走ったガソリン代。

先取りしなかったほうが、家計は黒字だった。

積み荷を倉庫に入れて、翌日また同じ倉庫から同じ積み荷を出す。

運送業者だけが儲かる。

あの2万円の往復で潤ったのは、ATMの手数料を受け取った銀行だけ。


家計管理の最終形態は「見ない」こと

じゃあどうすればいいのか。

ここで俺は、FPの教科書からまったく別の概念を持ち出す。

「デフォルト効果」。

行動経済学の話。

人間は、初期設定のまま変更しない傾向がある、という理論。

確定拠出年金の運用商品、初期設定のまま放置してる人が大半。

臓器提供の意思表示、デフォルトが「提供する」の国は提供率が高い。

人間は、何もしないのが得意。

むしろ天才的に得意。

で、気づいた。

家計簿が続かないということは、「記録しない」がデフォルト設定になっているということ。

あんたはそのデフォルトのまま、何年も生きてきた。

家賃は引き落とされた。電気もついてる。子どもは飯を食っている。

回ってるじゃないか。

長距離の仕事で大事なことは、荷物を届けることであって、荷物の中身をいちいち確認することじゃない。

伝票を見て、届け先を確認して、走る。

中身がテレビなのか洗剤なのか、知らなくても届く。

家計も同じ。

給料が入る。引き落としが済む。残ったぶんで走る。

中身は見ない。

届けばいい。

月末にたどり着けばいい。

たどり着き方が美しいかどうかは、誰も採点してない。


深夜2時半。

海老名パーキングエリアの缶コーヒーは、もうぬるい。

結局、今日も家計簿はつけなかった。

この記事を書いてるあいだも、1円も記録していない。

FP2級の教科書には、いいことがたくさん書いてある。

現状把握。支出の可視化。先取り貯蓄。固定費の見直し。

全部正しい。

でも正しさってのは、体力があるときにしか持ち上がらない重さをしている。

あんたは疲れてる。

仕事して、子ども送って、飯つくって、洗い物して、宿題を見て、風呂を沸かして、寝かしつけて。

そのあとに家計簿を開く余力なんか、残ってないはず。

残ってないのが普通。

残ってるほうがおかしい。

家計簿が続かない自分を、もう責めなくていい。

3日で白紙になったノート。

通知をオフにしたアプリ。

財布の底で化石になったレシート。

全部、あんたが「ちゃんとしなきゃ」と思った証拠。

思っただけで、十分。

どうしても気が向いた日があったら、そのときだけ、アプリにでも全部やらせればいい。

自分の手で書かなくていい時代に生まれたことだけは、感謝してもバチは当たらない。

でも今日は、いい。

缶コーヒーを飲み干して、空き缶をゴミ箱に投げてくれ。

入っても入らなくてもいい。

家計と同じ。

だいたいの方向が合ってれば、届く。

じゃ、そういうことで。


今すぐできること: 財布の中のレシートを全部捨てる。何も記録しなくていい。あの紙の束がなくなるだけで、財布が2グラムくらい軽くなる。人生も、たぶんそのくらい軽くなる。


本記事で提供する情報は、執筆者の個人的見解およびFPとしての一般的な知識に基づくものであり、特定の金融商品の勧誘や売買の推奨を目的としたものではありません。記事内で紹介している計算式や考え方は、読者の生活の質向上を目的とした一例であり、すべての状況において経済的合理性を保証するものではありません。最終的な家計の判断や資産運用の決定は、ご自身の責任において行ってください。本記事の情報に基づいて被った損害について、執筆者および当メディアは一切の責任を負いかねます。